使い方を誤れば死に至るものでも簡単に手に入るこれを飽和まで濃度を高くして注射するだけ
注射器は余ってる
元々血圧は低い
下が30にまで低下したこともある
これに薬を足したら死ねるだろう
これで溜飲が下がる人間がいるなら本望だよ
手紙を読み返していて、
人は必ず死ぬのだからわざわざ自らその機会を与えることはない
と言うような事を書いている子がいた
でも、生きたいと願いながらも死という結末にとりつかれた愚かな人間もいるのだ
ズタズタになっても生きたいのにある部分では既に手遅れに死んでいる
混乱はおさまらない
混乱のなか生まれてくる言葉を殺し、嘔吐し痙攣し気を失っても、記憶が消えていても私という個体は存在している
私という人格は殆ど瓦解しているのに
私達はもう駄目になっているのに
私は、私達は何なのだろう。
人は影響しあい人格の素地を作るのではないのか
だから教育は学校という多人数が生活する場で行われるのではないのか
私が影響を受けた漫画家や作家は多い
Coccoは私を生かしたアーティストだ
影響が罪で忘却が罪なら
知らず知らず影響され糧として生きてきた私とは一体なんだ私はそれらを継ぎはいだ粗悪なレプリカか
それらは全て模倣行為か
私がかろうじて生きたこの年月に真実など何もないのか
私はなんだ
私達はなんだというんだ
Coccoは歌を愛して一度は歌を手放した
私は言葉に優劣を求めた罪で人格を一人殺して言葉を手放した
Coccoはまた歌う
私はまた紡ぐ
業と言う点では同じ
私は生き続ける限り言葉を生み出し思考しそれを形に残す
しかし
私が継ぎ接ぎだらけのレプリカならば言葉は誰のものだ
私が私でないならば生まれてくる言葉達はある一文は江國香織の、ある一文は山田詠美の文からなる模倣品か?
真実は誰が決める
オリジナルは誰だ
数さえ支持されればそれがオリジナルか
ならばもう、人格を創ろうと何をしようと無駄だ
生きる業すら無意味なら
私が生きる意味はない
これで満足か
私という全てを否定した有象無象の存在よ
この結末をくれてやる
お前達が私を殺した

